★戦人+ベルンカステル
雛見沢村民集会tetra頒布小冊子『戯書No,×××』読後推奨





 第一声は間抜けなものだった。

「あれ?」

 見慣れた薔薇園がある。黄金の色は見当たらなかったので、おそらく屋敷のそばのものだ。地面に尻餅をついた状態で薄暗い雲のかかった空を見上げる。雨はすぐにでも降り出しそうだ。
 この湿気だけでない、重たいものも背負った空気。
 何かを、忘れている気がする。

「なんだったかなあ……」

 首をひねると、妙に聞き覚えのある声が降りかかった。

「こんなところで呑気に、いいご身分ね」
「ぅお……っ」
「何よ。その反応」

 ぶち殺すわよとでも言いそうな顔だった。

「ぶち殺すわよ」
「(言いやがった……)」
「言われたそうな顔してたから」
「…ああ、そうかよ……いっひっひ」

 黒髪を揺らして、無機質な顔をした魔女は特に感情を持ち合わせるでもなく見下ろしていた。見下すというには少しばかり距離が近すぎる気もしたが、真意は知れないので、もしかすると見下したい訳ではないのかもしれない。
 すぐに視線を逸らして、今度は舌打ちの直前のような、忌々しそうな顔をした。
 つくづく思うが、表情のボキャブラリーの少ない奴だ。

「それで、どうするのよ」
「どう、……って」
「目的は果たしたんでしょ」
「――あ」

 そうか。そうだった。
 俺は、
 忘れていたことを、
 目的というものを、
 果たしたかった約束を、
 うっすらと思い出したかもしれない。
 なら、俺はどうしてここにいるのか、そういう疑問だけが残った。まだ雨は降り出しそうにない。
 この世界には誰がいるんだろう。目の前の魔女からの返答はなさそうだ。地面には薔薇の花びらがぽつぽつと落ちている。彼女に似合う色の薔薇は見つからない。風がだんだん、生温くなってきたのを肌で感じた。

「ああ……確かにこれから、どうしたもんだかな」
「相変わらず何も考えないで行動するのね。悪い癖よ、それ」
「うるせー。長所だよ」
「あっそう」
「……お前、もうちょっと笑うとか、そういうことしたらどうだ」

 むっとされた。
 先ほどのよりは幾分ましだが、やはり忌々しそうではあった。
 頭を掻いて立ち上がる。どうやら、のんびり尻餅をついている場合でもなさそうだ。一気に見下される立場から逆転する。入れ替わった背丈に彼女は別段驚くでもなく、姿勢を変えることもしなかった。

「俺は行くぜ」
「どこに」
「どこだかは、知らねぇけどさ」
「また行き当たりばったり?」
「そういうのも、面白いモンだよ。お前だってカケラがどうとか、似たようなことしてんじゃねぇか」
「私は考えて行動してるわよ。あんたと違って」
「へえ」

 会話の終わりを感じる。
 ここしか居場所のない自分はまだこの世界に留まるだろうが、どこにも居場所のない彼女はまた、色々な世界を巡るのだろう。いつまでかは知らない。彼女が死ぬまで、それは続くのだ。そして生き返れば、また旅をする。
 それは、俺には果てない拷問のように思われた。

「……ここを選んだあんたのこれからも、きっと似たようなモンよ」
「いっひっひ。そうなりゃ、そん時だ。また面倒みてくれよ」
「誰があんたなんか。もう会うこともなくて、清々する」
「よく言うぜ」

 最後までお互いに、軽口をやめなかった。彼女はむっとした顔のままだ。ひょっとすると、ボキャブラリーというよりは、その時の感情に一番見合った表情ができないだけかもしれない。そういう彼女を救うのは、己の役割ではないのだろう。それは言うまでもなく叶うわけもないことで、また望まれてもいないことだ。まだ見ぬ、或いは知らぬ誰かがその役割に気づいた時、目の前の魔女の物語は動き出すのだろう。
 俺のように。そして、永遠の眠りについた黄金の魔女のように。

「(まあ……それも、ただの憶測か)」

 そろそろ頃合いだ。見切りをつけよう。
 一歩を踏み出す。そうして、歩き出した。
 俺は探らなければならない。己のこの世界は一度終わりを告げて、それからどうなったのかをこの目で確認しなければ。いつまで経っても、この目で見るまで信じることのできない性格は変わらないだろう。
 もう彼女の表情は窺えなくなった。鼓膜に届く声だけ変わらない。いやに透き通った、涼しげな声だ。爽やかというほどでもないが、それなりにきれいに響く。

「また、何かのなく頃に」
「――ああ。そうなりゃいいな」

 そういえば、最後までうみねこの声を聞くことはなかったな。
 にゃあにゃあ、記憶の奥底でだけ聞こえるうみねこのなく声が、じんわりと身体に染みていった。








岐路



2011.07.04?



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